時間 午後三時より
場所 曹洞宗 常林寺
曹洞宗式の勤行講談社学術文庫 仏教聖典 友松円諦を輪読 輪読箇所
第一 菩提樹篇 第二章 樹下成道
第六節 屋舎の作者 第七節 無常、苦、無我 第八節 不放逸第七節 無常、苦、無我一部抜粋・・・たとえ如来はこの世に出ずるも、出でざるも、かの法の性は決定してかわることなし。すべてつくられたるものは苦しみなり。如来はこの法を現に覚り、観じおわりて、すべてつくられたるものは苦しみなりと説きあかせり。・・・
すべては苦しみ、私が今苦しみを感じているものはなんであろうか
第八節 不放逸一部抜粋・・・
不放逸こそ不死の道 放逸こそは死の怪なり いそしみはげむ者は死することなく 放逸にふける者は 生命ありとも すでに死せるなり・・・
わたしは今胸を張って生きている、生きてきたと言えるだろうか、もし言えないとしたら言えなくさせているものは何であろう?なりたい私になれないからか、そのままの私が出せていないからか
後半
交通事故被害者遺族の手記を輪読
辛い、苦しい、悲しいその人に対して私は何と声をかけてきたのか、よかれと思った、想像力の欠如から出された、慰め、善意からの言葉が、辛く、苦しい、悲しい想いを生じさせている。あまりに思い当たる言葉が多くどれだけの人を傷つけてきたのだろうかいう思いになった。
「がんばって」
これ以上がんばることはできません
「しょうがないよ」
しょうがないで片付けられないのです。
「元気そうでよかった。安心したわ。」
あなたの前では泣くことができないのです。
善意であるから、思った通りの反応がないと心配しているのにと不満に思うこともあります。相手の心に寄り添うとはいったいどういうことなのでしょうか。